2013年2月4日月曜日

訴状と学園側提出の証拠

幸福の科学学園から、提訴に際して提出された訴状や証拠等の書面を掲載します。

まず東京地方裁判所から、第1回期日への呼出状というものが訴状と一緒に送られてきました。

呼出状

同封されていた訴状と、さしあたっての証拠類です。

訴状

訴状(謝罪広告目録)

訴状(当事者目録)

証拠説明書(甲1~3の5)

甲号証1~3の5

各書面では、被告のうち新潮社の佐藤信隆社長と『週刊新潮』の酒井逸史編集長(いずれも、すでに幸福の科学から名指しで霊言本を出版されてしまっています)の氏名と、記事執筆者である藤倉善郎の氏名は、そのまま記載してあります。『週刊新潮』のデスクと編集者については、本記事にからんで氏名を公表していないので、藤倉の判断で伏字としました。

今後も極力、裁判資料は公表していきたいとは思っています。ただし、学園に通う子供たちやその保護者、新潮社および関係者、記事執筆にあたって取材に協力してくださった方々への配慮から、公表しない部分も出てくる可能性があります。

15 件のコメント:

  1. 幸福の科学側の弁護士は、大川が「大変優秀だ」と頼みにする弁護士と、「気が小さいから」と遠ざけている弁護士のいつもの組み合わせですが、どこまで、戦いきることができるでしょうか(笑)

    訴状をみても、最近の訴状のどれもこれもと非常によく似た切り口で、典型的なVSOP(ベリー・スペシァル・ワン・パターン)ですね。スラップ訴訟ばかりしているから、論理にキレがない。

    だから、訴状の6頁にある『“原告には、罪とされるべき事実が存在し、子供に嘘を刷り込むデタラメな授業が行われ、文部科学省も県もお手上げである”かのような「虚偽の風説」を生じさせ・・・』なんてことを、どうやって論証していくのか、興味深々である。

    客観的合理性が求められるこの種の裁判で、あくまで声の大きさと主観で主張を並べ立てることしかできない幸福の科学に対して、裁判所がいかなる判断を下すか興味が尽きない。

    幸福の科学にとっては、記事に続いて、再び恥を満天下に晒してしまったのではなかろうか。合掌、チ~~ン!

    返信削除
  2. こっちのサイトはかなり真面目モードなんですね、まぁ裁判ですから当然ですね。
    裁判に決着がついたら何らかのまとめた書籍を出してほしいです。
    藤倉さんを応援しています、がんばってください!

    返信削除
  3. こういう裁判用の書類を見るのは初めてですが、誤字とかは許されるものなのでしょうか。
    別に揚げ足取りをするわけではないんですが、「訴状」p.5 l.3の「女性徒」という表記とか、何とも現在の幸福の科学らしい誤字で笑ってしまいました。

    返信削除
  4. この種のスラップ訴訟は、大川隆法の明確な指示があってはじめて行われるものである。かつて幸福の科学は山口弁護士に対して8億円(合算した金額)という法外な訴訟を起こしたことがあった。もちろん、その訴訟は、幸福の科学の完敗であった。大川の直筆による「指示書」が裁判所に証拠として提出され、採用されたからである。

    裁判所は、この証拠をもとに
    「原告、幸福の科学は、主に批判的言論を威嚇する目的をもって,7億円の請求額が到底認容されないことを認識した上で,あえて本訴を提起したものであって,このような訴え提起の目的及び態様は裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き,違法なものといわざるをえない。」
    として幸福の科学の訴訟のあり方をも痛烈に批判した。

    http://antikkhs.blog119.fc2.com/blog-entry-9.html 参照

    こうした厳然たる「幸福の科学敗北の真実」については、幸福の科学は明らかにしていない。都合の悪いことは隠蔽するからだ。

    だが、本件訴訟においては、藤倉主筆が訴訟の状況を詳細に報道していただけることになったから、幸福の科学の嘘で塗り固められた証言が白日の下にさらされることとなった。実に楽しみである。新潮社側の大いなる奮闘に期待する。

    返信削除
  5. こんなドキュメントは初めてです。藤倉さんの胆力には、心から感心します。新潮社VS幸福の科学。藤倉さんの「勝利の宣言」を楽しみにしています。

    返信削除
  6. 興味津々。
    首都圏に住んでればぜひ傍聴したいのに。
    この裁判WEB専門誌の更新を待ってますよー。

    返信削除
  7. こちらは「やや日」のコメント欄と違って落ち着いてますね。

    第一回口頭弁論、お疲れ様でした。

    更新楽しみにしています!
    学園の真実を白日の下に晒してください!
    藤倉さん、ならびに学園の生徒の皆さんに、神のご加護がありますように。
    応援しています!!

    返信削除
  8. 個々のコメントに対して返信機能つきですか。いいアイディアだと思います。
    カルトはなくならないと思うが、できるならば破壊的カルトに救いを求める人は減らしたい
    そんな思いで活動してる人たちが孤独にならず力を得られると思います
    表に出て活動する力と覚悟のある方がこうやって支援してくれることによっても・・・

    因みにカルト宗教全てが悪いとは思っていません。恐らく、主筆や幸福のアンチの方々も同じ考えの方もいるかと思います

    その人が救われるなら信仰によって救われるならカルトと言われる宗教でもいいと思います
    しかし統一や幸福のような破壊的カルトは消滅すべきと思います(ほかにもありますが)

    破壊的カルトの洗脳は恐ろしい。一生かけても解けない呪いだと思います。私の身内もかつて統一教会の信者でした。組織を離れて30年以上たちますが完全に洗脳から解けているとは思えません。今でも統一協会の話題はうちではタブーですよ

    (悲笑)

    返信削除
    返信
    1. 仏教は釈迦の哲学なので除外するとして、キリスト教、イスラム教以下すべての宗教は、人間の願望を体系化したもので、事実ではありません。宗教は妄想といってもよいでしょう。アッラーの神もキリストの言う神も実在しているわけではありません。

      宗教で人は救われません。むしろ、宗教が人を傷つけてきたのが人類の歴史です。キリスト教徒が、いかに多くの人を殺戮してきたことが。十字軍やインカ・アステカ文明の破壊、中世の魔女狩りなど、数千万人の人を殺戮しました。ヒットラーのユダヤ人虐殺も宗教がなければなかったでしょう。

      宗教を起因とする争いや侵略で、殺された人の数は、おそらく億単位になるでしょう。宗教はキリスト教もイスラム教も、その他の有象無象の宗教も、すべて怖いものです。触らぬ神に祟りなし。下手に宗教に触るべきではありません。宗教はすべてカルトです。人間の作り出した妄想なのですから。

      削除
    2. レスありがとうございます


      >キリスト教徒が、いかに多くの人を殺戮してきたことが。十字軍やインカ・アステカ文明の破壊、中世の魔女狩りなど、数千万人の人を殺戮しました。ヒットラーのユダヤ人虐殺も宗教がなければなかったでしょう。


      それは、わかってますよ。以前、やや日で宗教の教えとは常に社会の合意である法律、道徳、規範を越えるものとして信者が信仰してしまうリスクがあることはコメントしました。すべての宗教がオウムと同じような方向へ向かう要素があると・・・時の指導者しだいでは。

      それでも、個人が幸と感じるならいいのではないかと思います
      破壊的カルト宗教でなければ。社会とのつながりを、個人と個人のつながりを、家族とのつながりを破壊するものでなければ、違う考えを持つものを排斥しないのであれば(心の中で違うと思っていても違う考えを現実の世の中では干渉しない、排斥しなければ)。難しいですけどね。


      故に、法律を学んだものとしては、信仰の自由を認めつつも、私自身は色々な宗教に縁はあったものの(そうやって信仰出来る人たちがうらやましくもありましたが)、宗教を信仰することはありませんでした(神社にお参りに行ったり、先祖の墓に線香をあげる位はしますが)。うらやましくもあり、でも、何よりも信仰を優先する信者さんたちになじめなくて・・・・

      宗教思想史を紐解けば、宗教は人がその時代の必要に応じて作り出してきたことも理解できます。こんな私には、宗教の信仰による救いは訪れないでしょうね。つらい時、心が惹かれることはなかったとは言いませんが・・・・・・

      妄想という点では、少し違う考えを持ってます。

      私の母方の家系は、とある地方の信仰の対象である神社(戦前の流れで神社という形で神道に取り込まれているので神社という形になっていますが)そこの巫女の家系です。そして、幼きころから、母親ながら不気味なとも思いましたし、母親の姉も不思議な人でした。何故、不気味と感じたかといえば、そうですね、思い出話をしましょうか。

      幼きころ、早朝、母親に家族がおこされました。お婆ちゃんが死んだから、お別れに行く準備をしなきゃと言ってました。そしてその話を繰り返ししているときに電話がなり、祖母が死んだ連絡が入りました。

      他にも色々なあります。

      目に見えない何かを見ることができるようです。その見えたものが
      現実の世界で当たっているのです。もっとも、母もその姉も、自分のことで精一杯。他人のことまで責任なんか負えないと考えていて信者を集めるようなことはしませんでしたけど。身内である家族以外にはそういった話はしなかったようです。(否定する方からは宗教妄想と言われるのは確実と思いますが)

      宗教はそのときの必要に応じて、あるいは権力者の必要に応じて作られてきたものであることは賛成しますが、全てが全くの妄想であると思えないのです。しかし、結論が出るのは、死後の世界があるなら死んでから、しによって全て消滅するのであれば永遠に答えを知ることはできませんがね。

      しかし、宗教の争いは怖いですね。紀元前から今の世まで続いていると思います、怨念が。そういった争いがなくなる世の中であれば言いと思いますが、宗教がひとつになるか、なくならない限り解消されない、多くの命が奪われるものですよね。もっとも、宗教がなくなれば別のものが宗教にとって代わって、争いが続くのが人間かもしれないですけど














      削除
  9. 途中で投げ出すなよ(笑)

    返信削除
  10. 8日の裁判は、どんな感じでしたか?

    返信削除
  11. かわいそうに、記事、更新できないようですね。

    返信削除
  12. 藤倉さ~ん、更新まだですかぁ?

    みんな、待ってますよ~***

    返信削除
  13. 藤倉、とうとう逃げ出したな。
    このサイトも、もうすぐ閉鎖か。

    返信削除